しばらくすると、執行吏が差し押さえの赤紙を持ってやってきました。 ダンスや机の引き出し一つ一つに開けられないよう、どんどん赤紙を張っていきます。

母が、「その引き出しには子供たちの下着が入っているから、そこだけは勘弁して下さい」と拝み倒すように頼みましたが、全く聞き入れる余地はありませんでした。 中学2年の弟は怒りで手をぶるぶる震わせていました。
「母さんは下着がなくても、死にはしないから大丈夫」と言ったものの、差し押さえにだけはならないようにしなければと、つくづく思い知らされました。 もっとも、現在の差し押さえが当時と同じように厳しいものかどうかは分かりませんが。
いずれにしても、この経験は自分で起業した場合の危機管理に結びついたと考えています。 先にロウソク送電の話をしましたが、今度は電気代が払えなくて完全に送電を止められてしまいました。
いまと違って薪や炭で炊事をしていたわけですし、テレビも冷蔵庫もない時代でしたから、完全にロウソク1本の生活を送りました。 親戚も集まった家族会議では、高校を中退して働いたらという人もいましたが、母は、「せめて高校だけは出してやりたい」と頑張ってくれました。
おかげで何とか高校生を続けることができるようになりましたが、今度は3年生になってからの教科書が買えないのには困りました。 家計を助けるために、土曜日の午後と日曜日には、リヤカーで近隣の町を回り古雑誌や古新聞を集めて紙問屋に持って行き、いくらかのお金に換えたものです。
結構遠いところまで行きました。 古新聞を積んでリヤカーを引いていると、前方から中学時代の同級生が自転車に乗ってすれ違って行きます。
思わず麦わら帽子を深くかぶり、下を向いてやり過ごしたこともあります。 私か少年時代を過ごしたのは柳川市に近い寒村でしたが、当時、付近の田んぼにはドジョウが無数にいました。
ドジョウをとるドジョウ笙(ウケ)という竹製の漁具が販売されていたくらいですから、まさにドジョウの産地といった具合でした。 ドジョウ料理の「柳川鍋」がありますが、柳川藩の藩主が将軍に献上したという説もあるようです。
私は「ドジョウ取り名人」の異名をとりました。 毎日夕方になると、このドジョウ笙を近隣の田んぼの申に取り付けて回ったものです。
翌日早朝、この笙を引き上げ、獲物をドジョウ問屋に持ち込み買い上げてもらい、それから学校に行くという生活でした。


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